渡邊建築工房

島根県大田市で活動する設計事務所

さんべ荘顛末記

 話は平成30 年4月9日に発生した、島根県西部地震から始めよう。地震の規模はマグニチュード6.1、震源の深さが12km、最大震度5強という地震が、真夜中にわたしを襲ったのだった。いつものように悪夢に魘されているわたしを振り起す悪夢であった。その地震大田市内に1000棟以上の建物被害を発生し、水道や電気のライフラインも止まってしまい、市民にとっても悪夢であった。
 以前からお世話になっていたさんべ荘の近くが震源地と聞き、不安を覚え、心配を抱えながら被害状況の確認に向かった。その時、建築士会の建物被害判断にも参加していたので、多少の被害はあるだろうと思いながらさんべ荘に着いた。建物は、鉄筋コンクリート造2階建、延べ床面積3200m2 の頑丈な宿泊施設ではあったが、被害は免れなかった。基礎、外壁には様々なクラックが生じ、露天風呂は温泉が漏れていた。だが、不幸中の幸いで、構造的な被害はなく、使用に耐える状態であった。また、地域の人々の避難所として機能しており、ライフラインの提供をし、志学地区の心の拠りどころとして、存在を強めていた。 

 

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  そうしているうちに大田市から大規模改修工事の話が持ち上がった。地区の緊急時の避難所として位置決めされ、以前のままの設備配管配線の老朽更新し、再出発することが決まった。また、第71回全国植樹祭がここ三瓶地区で開催されることも後押ししてくれた。令和2年5月31日に、ここ三瓶山に、天皇皇后両陛下をお迎えし、お手植え、お手播きを始め植樹行事が行われるとのこと。建築士会でのプロポーザルコンペで坪倉さん永瀬さんのお野立所もこの地で建設され、注目度の高い地域になりそうだ。

 

 さんべ荘の設計でテーマを探した。三瓶温泉は江戸時代より湯治場として栄え、炭酸臭、硫黄臭が漂い、わずかながら鉄分を含んだ茶褐色を帯び、湯の花が多く、ツルリとした肌触りの温泉が特徴だ。現在のさんべ荘は、畳のある和室の客室がメインであるが、湯治場の影響が残っているのかもしれない。みなが思う三瓶の物語が少しずつ湧き上がっていき、そのさんべ荘のテーマを2項、提案した。

 

1、和室にベッドを置く
 その湯治場の雰囲気を残しつつ、ベッド空間の混合を図る。その状況に応じて畳空
間とベッド空間の使い分けを選択する。そのため、別にふとんを用意しておく。宿
泊する人がそれぞれ選択できるよう管理者側も対応を求める。

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2. 客室でスリッパは履かない
 スリッパは嫌いだ。靴下との相性も悪いし、スリッパを履いてよく躓く。また、清
潔でない。いや、清潔でなさそうに感じる。すべてが嫌なのだ。そう言えば、かの
福沢諭吉が「西洋衣食住」でスリッパのことを紹介もしていた。よく調べてみると
スリッパは日本人の発明なのだそうだ。1876年東京八重洲に住む仕立て職人の
徳野利三郎が発案した上履きが現在のスリッパの原型で、当初は靴の上から履くも
のだったそうだ。
そのころの日本は当然、西洋にあるようなホテルはなく、旅籠や寺社などに泊まり
その際、靴のままで座敷に上がろうとして、トラブルが絶えなかった。そのスリゥ
パが、なぜ今も使われているのか不思議でならない。今回、畳の部屋にベッドを置
くことで、スリッパは履かないこととした。⾧年のモヤモヤが晴れた。

 

 この2項目を提案し、さんべ荘大規模改修工事の設計に臨んだ。管理者のさんべ荘の皆さんにも受け入れていただき、3月1日から船出となった。さて、どう配点いただくのか、希望もあり、不安でもある。

 

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 最後に、この工事で無理難題ディテール、設計変更、再度設計変更、予算超過、に笑顔で対応いただいた皆さんに感謝申し上げます。工事いただいた(株)はたの産業、島根電工(株)、山陽空調工業(株)の皆さん、本当にありがとうございました。
さんべ荘が皆さんに可愛がっていただけること願って筆を擱きます。

 

 

島根県建築士会発行「建築士島根」に寄稿、掲載された内容です。